今回もラオスの前記事の続きです。
朝目覚めると無料の朝食が出ると言うことで1階に向かいました。
ちょっと早かったので、椅子に座って待っていました。朝、掃除をしてる若いホテルの従業員の女性に何時に朝食がスタートするのかを聞きましたが、とんでもなく愛想ない人でした。やはり日本と同じようなサービスを求めることはできません。ここにはちょっと周りの従業員に指図したりする立場であろう50代後半位の男性。白髪で短髪の従業員(ひょっとしてオーナー?)がいますが、この人もなかなか態度が悪く、後でこのホテルの口コミなんかを見てみると、僕と同じように思っていた人がたくさんいることがわかりました。奥のソファーでパソコンをいじりながら、客が何か質問しても客の顔を見ることなく対応すると言うことを口コミで書かれていましたが、実際その通りでした。ちなみに、パソコンはMacBookでした。
食べかけですみません。出てきた。朝食はスクランブルエッグと日本で見たこともない位小さな食パンとコーヒーでした。こんな小さな職場は今まで見たことない大きさでした。
昨日の夜は気づいてなかったのですが、ホテルの目の前にずらっとレンタルバイクが並んでいました。夜はワイヤーを全部のバイクのお湯に通して盗難防止をしていました。
このバイクにまたがっている人はホテルの若い従業員でした。彼だけは愛想の良い感じでした。ただバイクはボロボロでした。もちろんスマホホルダーとかありません。1日半、借りたのですが1000円ちょっとだったような気がします。
バイクで有名な観光地をいろいろまわるるのですが、ビエンチャンに集中してるのでよかったです。
まずホテルから5分以内のところにあるワットカートタオにやってきました。スマホホルダーがなかったので、Google マップを見ながらバイクを運転するのは大変でした。所々で止まったりしながらGoogle マップを見てました。
次にコープビジターセンターに行きました。ここにはこの日の1ヵ月ほど前に皇室の愛子様が来てた場所です。敷地の正門のところでお金を払いました。もう安いお金でした。そこにバイク置き場もありました。
指が写ってすみません。
写真にはあえて移さないようにしましたが、シニアの西洋人の団体がいました。
ベトナム戦争で、アメリカは北ベトナムへの爆撃だけじゃなくて、ラオスにも爆撃をしました。
ラオスはアメリカから約58万回の空爆を受けました。この数字が正しいのかどうかわからないですが悲しいことです。ホーチミンルートで検索すると色々、歴史がわかります。
結局、長年にわたりアメリカの軍事介入は続きましたが1975年ラオスは勝利しました。馬鹿な僕の考えからすると、ベトナム戦争でラオスはとばっちりを受けたんじゃないのかと思ったりもします。
たくさんの義足。なんか、いろんなことを考えさせられました。
地雷の数々。僕自身も歴史よくわかってないですし、今の日本人もラオスの歴史を知っている人は少ないかもしれないと思います。
次はパトゥーサイにいきました。ちょっと僕の写真の撮り方が悪いですが、水道はもっと迫力ありました。実際大きかったです。戦没者のために建てられた勝利の門と言う名の凱旋門です。
フランスの凱旋門のようなイメージです。全然、写真は取れてないんですが、パトゥーサイの周りに芝生もあって、かなり面積も広く地方から来たであろうラオス人の観光客もたくさんいました。街のシンボルのように感じました。ヴィエンチャンにくる観光客は絶対に午後には来るでしょうが、ここは見る価値があると思います。
もう、この辺になると、日本と違う交通事情、右側通行にも慣れてきました。
次は国立図書館にやって来ました。別に観光名所でも何でもないのですが、一体どんなものか興味あったのでやってきました。立派な建物です。
中は全然ガラガラでした。置いてる本は全てラオ語でした。
次に、国立博物館にやってきました。これまた立派な建物でした。
ラオスの歴史を垣間見ることができました。
入場料は500円弱くらいとかネットで下調べしてたんですが、実際は3万キープ220円位でした。
こんなに立派な建物ですが、見に来る人は少なかったです。
ここはもともとフランス植民地時代の政府の建物だったそうです。
展示物は多くなかったですか、とりあえず来てよかったです。この博物館からまた街の中心部へと向かいました。ビエンチャンは、小さな街で観光地をバイクでまわれるのがよかったです。途中、地元民たちが利用する食堂に入りました。
箸が常備されてます。
400円弱位だったと思います。日本で言う豚の角煮みたいなると、ほうれん草みたいなのと卵でした。全然日本人が食べても美味しい味だと思います。豚肉は本当に、日本の豚の角煮の甘い味でした。
机の上にある更新料等は本当に辛かったです。味見をしましたが、とても食べれるものではなかったです。
このスープも絶妙な味でおいしかったです。
店のおばさんにはスマホのアプリを使って注文しました。この辺で昼の1時は待っていたと思います。
ペットボトルの水ですが、この国ではタイガーヘッドと呼ばれる会社のミネラルウォーターが幅をきかせていました。
次に、ラオス人民軍歴史博物館に行きました。しかし、全然いい写真が撮れてなくてすいません。
入場料は700円位したのかちょっと覚えてないんですが、少し高めだったような気がします。
なかなか展示物は迫力があったのですが、何しろ写真を撮るセンスのない僕ですので、いまいちちゃんと伝えられないです。他の人のYouTubeやブログ記事を見てもらうと、僕の記事よりももっと情報量があると思います。
このヘリコプターもものすごく大きくてびっくりしたんですが、写真でとると小さく見えます。
これも迫力があったのですが、僕が撮るとよくわからない写真になってしまいます。
今、日本では中国が台湾を攻めるとかそうなったら、日本は台湾を守るとかいろいろ議論されてます。結局は悲しいですが軍事力っていうのは必要になってくるのだろうなと考えたりしました。
爆弾もたくさんありましたが、実際見てみると寒気がしました。
この銅像はラオスの人たちにとって、すごい大きな意味がある銅像なんだと感じました。
建物の中には、ちょっとした映画館みたいなものがありました。そこで、1975年までの戦争の歴史を見ました。スクリーンの前には、ジオラマがあり、映像に合わせてジオラマにSpotlightが当たったりおもちゃの車両が動いたり、赤く光ったりさせながら爆撃を模してみたりしてなかなか興味深かったです。映像の最後はラオスが自由を勝ち取ったっていう映像になるんですが、その時ラオスの有名なのお寺タートルアンがうつされ、そこにたくさんの人が集まって独立を祝っているような映像でした。タートルアンは僕の次の目的地です。
ラオス人民軍歴史博物館をあとにしてタートルアンにやってきました。
写真では全然人がいないように見えますが、実際はもっと人がいました。
出店なんかもたくさん出てましたが、写真には撮れてなかったです。
しかし、暑かったので、中に入る気も起こらなかったです。入場料も高いみたいですし、外から見るだけで充分、満足できました。バイクでタートルアンの周りを3周ぐらい待ってみました。そして、日陰で休みながらボケーッと眺めてました。
そうこうしてると、普通のラオスのおじさんがレクサスLXに乗っていました。なんか休憩してるようでした。型式とかに関して僕は詳しく分かりませんが、10年前の型だったとしても500万円は軽く超えると思います。どこの国にも発展途上国だろうが金持ちはいるものです。
この後はホテルに戻りました。5時近くだったと思います。さすがに暑い中、走りまわったので疲れました。横になっていると少し眠ってしまいました。
くだらない記事を読んでくれてありがとうございます。続編に続きます。
次回(続編)の記事 ラオスに2泊3日 レンタルバイクでビエンチャン市内を走りました。3 2026/02/21
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